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1999年 アテネ1

第1回 1999年1月

 いきさつ 
高校生の頃、倫理社会という科目の最初が‘西洋哲学’だった。
ソクラテスに始まりプラトン、アリストテレスとつづく・・・夢中になったものでした。
舞台は地中海、アテネ。西洋哲学が幕開けした土地とは「いったいどんなところなんだろう?」
地理で習うところでは‘地中海性気候’らしいし、着ている衣装を見ても、
布一枚をオシャレに巻いてドレスらしきをまとい、足元はスリッパのような・・・
ラファエッロ作「アテネの学童」を見ても各々が意見を戦わせ、
真実の追究が熱く語れる様子の背景には、開放的な空気が感じられた。
「なんだか暖かそう、・・・フムフム、乾燥してるのか?」とはいってはみたものの、
夏は高温多湿の日本に住んでいる私にはなんだか想像がつかない。
「行ってみたいなあ・・・」と、当時高校生の私は、漠然と思ったものでした。

そんなことも遠い昔話になりすっかり忘れている頃、私はイタリアへ行った。(1996年ローマ参照)
そこで古代ローマ帝国の遺跡を目の当たりにして、一気に思い出したのである。
このローマ帝国の礎となった「ギリシャに行かねば!」と思ったのである!
時代を遡るんだ、イタリアはギリシャに倣ったはずだ・・・
私のイタリア旅行のアルバムの最後には「つづく・・・ギリシャ」と書き込まれたのであった。


第1日目 1月28日(木)

 罰ゲームか!? 
私はいつだって‘貧乏旅行’である。季節によって旅費は全然違うし、
ましてや盆暮れgolden week なんていったら普段の3倍はするだろう。
私は1年の中でも‘底値’を狙って出かけるので、観光シーズンからはずれて行くことになる。
それで私は十分満足しているし、ホテルのグレードなど最初から度外視しているので、
とにかく安い時期、すなわち冬場出かけることが多いのです。

ギリシャは夏が観光シーズンのはずだから、まったく外れた時期に行くことになる。
母に、ホッカイロをたんまり持たされた。もちろん、おにぎりもである!
いつものように成田空港でおにぎりを食べて、超ハードな旅行が始まる!
・・・というのも、5泊6日のギリシャである!初めと終わり2日間は移動で終わってしまう。
ということは、滞在2日と半日なんである!まるで罰ゲームのような旅のはじまりである!!

 ルフトハンザ航空 
今回、ヨーロッパ国内で乗り継いでアテネに向かう。飛行機の乗り継ぎは初めてである。
利用した航空会社が、たまたまドイツのルフトハンザ航空だった。
ルフトハンザ航空はフランクフルトが拠点なので、そこで乗り換えてアテネへ・・・となる。
成田発フランクフルト行きに乗って、同じルフトハンザ航空を利用して
フランクフルト発アテネ行きに乗り換えるわけです。成田からフランクフルトまで約12時間・・・
でも、スチュワーデスのお姉さんが超かわいかったから何とかしのげた。

機内で隣の席がフランス人(パリ在住)のご夫婦で、日本に観光に来たとのことだった。
飛び立ってすぐ富士山が見えた。ご夫婦は「OH!Mt. FUJI!」と感激していた。
私は、日本人でありながら、いまだに富士山を陸上で見たことがない。
いつも、こうやって機内から小さい円になった富士山を眺めているだけだ・・・
「(ナマ富士が見たいよー)」といつも思っているが、まだその機会がない。
フランス人のご夫婦は、「tres bien!」を連発し、日本人の私にしきりに感動を訴えてきた。
私は、ずっと以前にフランス語をマスターしようと試みて挫折した経験がある。
もう、勉強したことなどすっかり忘れてしまっていた。
でも、話しかけられると思い出してきて知ってることだけ総動員してお相手した。グッタリ・・・

 フランクフルト空港 
フランクフルト空港に到着したのは、お昼の3時だった。アテネ行きは夜の9時発である。
6時間も余裕がある。空港がいくら広くても6時間も空いたのでは退屈してしまう・・・
フランクフルト市内に出ることにした。予定外のフランクフルト見物である。


 1999年 フランクフルト(往路)
アンダーバーをクリックしてください。フランクフルトを読んでからここに戻ってこれます。


 フランクフルト〜アテネ 
定刻にフランクフルト空港を発ってアテネへ向かった。
機内にはフランクフルトから搭乗したギリシャ人のスチュワーデスさん。
エキゾチックでアダルトでシックだった。お客さんもギリシャ人がほとんどである。
隣の席にはギリシャ人のご夫婦。これまた品がよろしく、落ち着いた感じでウーン、アダルト。
どうしてギリシャ人って、こう・・・浮ついたところがなくて堂々としているのだろう!
見た感じ大富豪とその愛人といった雰囲気だった・・・

アテネまで約3時間ほどである。機内で飲み物のサービスがあった。
水をもらおうと「water please」「non gus?」「yes!」
・・・出てきた水はしっかりガス入りだった。
イタリア語のnonの発音は、‘ガス入り’を意味する言葉に近いので、「ガス入りですか?」と
聞かれていたのかもしれない・・・
消化を助けるためにヨーロッパではよくガス入りミネラルウォーターがよく飲まれる。
試しに挑戦してみたがやっぱりダメだった(炭酸はとにかく苦手)「(うへっ!)」だめだこりゃ。
二度目のお飲み物タイムがやってきた。「(よーし!今度こそは・・・)」
apple juice please」「what?」「apple juice!」「pardon?」「apple!」「?」
「(そんなに発音悪い?)apple!
見かねて隣のご主人がギリシャ語で言ってくれた。
「OH!」すんなり出てきたのである。なんでや?
アップル・・・エイプル・・・エイポゥ・・・いろんな言い方したのに!どれも惨敗だった。

日本に帰ってこの話をアメリカ人(シカゴ出身)にして、発音を聞いてもらった。
アップル・・・エイプル・・・エイポゥ・・・どう?
彼が言うには「どれもわかる」だった。「よかった・・・なら、あれはどうしてだったんだろう?」
わかってくれたときの表情からしても、嫌がらせではないだろう。ウーム、わからん。

そんなこんなでアテネに到着したのは、夜中の12時だった。
ホテルに到着して寝る頃は、夜中の3時近かった・・・
日本を発って、23時間経過(飛行時間15時間)・・・長い一日だった。遠い・・・遠すぎる・・・




第2日目 1月29日(金)

 room number 800 
昨晩(今朝)晩くに到着したので、午前中ゆっくり休んでから市内観光の予定である。
朝食をとりに食堂に行くと、room number を聞かれた。「800!
それを、おじさんはノートに書きつけるのである。「(アバウトでいいわあ・・・)」

 オリンピックスタジアム
今日半日アテネ市内を観光して後の2日間はフリーである。
私は、明日市内を歩いて周り、あさって最終日に遠出しようと予定を立てている。

昼の11時集合。まず、オリンピックスタジアムに向かった。
アテネは誰もが知る‘1896年近代オリンピック第1回開催国’で、
毎回入場行進の栄えある先頭の国である。

実際行って見ると案外狭く感じた。本当は普通の競技場の広さはあるのだろうが。
人がだーれもいなかったので、感覚が鈍ったのかもしれない。
客席は大理石。楕円の競技トラックをぐるり取り囲んで25段から30段重ねられている・・・
資料によると5万人は入るという。ここに直に腰掛けて観戦するわけだ・・・
そもそもは紀元前331年にパン・アテナ大祭の競技場として建てられたのが始まり。
その当時は観客席はなく、見物人は土手の斜面に立っていたという。
現在でも観客で満席になったら、印象も変わって古代ローマの競技場さながらになるだろう!

一角に石碑があって、第1回アテネ大会から全ての開催地が刻まれている。
次回2004年もアテネが開催地となる。また、ここにアテネと刻まれるわけだ・・・
すぐ脇には10本のポールが立ち、大会時には五輪旗や開催国旗、
国連旗などがここに掲げられることになる。
どこぞのお国のように、これ見よがしにボロボロになった国旗を持ち出してきて
お涙ちょうだいなどど、野暮で場違いな(オリンピック開催に起きてしまったテロ事件は関係ないだろ!)
ことは、ここギリシャ人のセンスからしてありえないだろう。そう!センスの問題なのだ。
私は以前から某国とは折り合いが悪く(勝手に)なっていた。
だからといってテロ擁護などではもちろんない!
が、どのような相手にせよ、恨みを買う行為をしてしまったのには違いがないではないか・・・
某国人は何かというと「ビジネスだから」という言葉を振りかざして、それを盾にどのような
アクドイ行為も正当化してしまう。人として最低だ!
それを「よいこと」と勘違いして真似てる某国人も気に入らない!
「都合よく」使う輩は尚更気に入らない。

だいたい、某国の建国からしてあやしいのだ!(これを言い出すと止まらなくなる私・・・)
ネイティブアメリカンの歴史を抹殺した罪は消えない。あの土地は呪われてるんだ。
歴史はめぐりめぐって、あのような形でホンのちょびっとだけお返ししたに過ぎないんだから・・・
<書籍>草思社の「わが魂を聖地に埋めよ」ディー・ブラウン著、鈴木主税訳。
      この本の良いところは、某国で保管していた当時の記録だけを頼りに事実だけを
      伝えている(といっている)ところなのです。小説ではないということです。
      いきなり読んでも、少し難しいかもしれません。そんな方は・・・
<マガジン>ワールドフォトプレスで出してるmonoにネイティブアメリカンの特集号が
        2,3冊あります。こちらからどうぞ!それも面倒だというかたは・・・
<映画>ケビン・コスナー主演、監督「ダンス・ウィズ・ウルブス」をどうぞ!

今では失われた‘素晴らしい生活’を彼らは送っていました。
はっきりいってあのような生活が私の理想です。
自然と共に、自然に畏敬の念を持って臨み、自然を相手に、自然に生きた人たちです。
自然を減らさず、奪わず、少し分けてもらって感謝の意を示し還元する生活。
生活に必要なものは全て自然の中にあり、通貨の必要はない・・・
「ビジネスだから」という言葉は彼らにはないし、必要もない。
だからといって原始的だなんてとんでもありません!今は亡き文化があったのです。
そ、そ、それを〜!!(怒・・・) 誰が、何の権利があって奪えるのですか!?
騙し、恐喝、武力(武器を持たない人達相手に)そして巧みな嘘。度重なる。よくも!
「インディアン嘘つかない」という彼らを茶化したようなフレーズがありますが、
あの言葉は、白人の嘘に対して発せられた言葉なのです。ご存知でしたか?
民族の歴史として眺めれば、早かれ遅かれ滅びる運命にあったと言う人もいるでしょう。
私もそう思わないわけではありません。
しかし、あまりに急速で策略的だったので酷すぎた、と思わざるを得ないのです。
某国の建国は抹殺以降から始まっている。またしても、あたかも存在していなかったかのような
扱いではないか。略奪、征服・・・から始まったはずなのに。
2002年冬季開催時に開拓時代以前の歴史も含めていましたが、今更おそいっちゅうの!
(あー本当に止まらなくなるので、アテネに戻します)

我国でのアイヌのことも同様です。大きな声ではとても言えた義理ではない・・・
土地を奪うまでにはいたらなかったが、戦争という隠れ蓑で犯した残虐な行為も
恨みの対象になっているはず・・・とても某国のことばかり言ってはおれんのだ・・・

某国はその後だってアフリカから・・・

(注記)某国に対する意見はお読みになった方によってさまざまおありでしょう。
    私は私なりに勉強不足も大目にみて頂きつつ述べさせていただいた某国の一部分に対する一意見です。
    助言は歓迎しますが、お叱りは一切受け付けません。ご批判は企画集の書籍をお読みになってからどうぞ。

えっ?なんでこんな話になったんだ?あっそう、そうポールだ・・・
今は旗のないポールの遥か向こうには、アクロポリスの丘が見えていました。
もちろん丘に建つパルテノン神殿も・・・「ここから見えるんだあ・・・あそこなんだあ・・・」


オリンピックスタジアムから見たアクロポリスの丘。アテネ市内どこからでも見えるアクロポリスの丘だった。




アテネ2につづく





vol.62

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